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軍事用飛行場であったマクタン・セブ国際空港 - フィリピンニュース, 現地生活 最新情報発信
   
  軍事用飛行場であったマクタン・セブ国際空港
 

 シンガポールからセブ行きの飛行便に乗った。シンガポールのチャンギ飛行場は拡張を続け、30年くらい前に初めてチャンギ飛行場に降りた時はターミナル・ビルは1つしかなかった記憶を持つが、今は第4ターミナルまである。



 【写真-1

 シンガポール-セブ便はその第4ターミナルから出るが、深夜025分発とあってビル内は閑散としていたが、全体にお金をかけた造りで、特にフロアーに置かれたソファには面白いものが多く、製作会社は世界的に著名な家具会社であった。


 その飛行便がセブ島上空に着いたのは夜明けにはまだほど遠い、4時過ぎで真っ暗な中、着陸態勢に入った。ところが、もう少しで着地という時点でエンジンの音が急に大きくなって、飛行機はそれまでの着陸体勢から急上昇を始めた。
 これは何か良からぬことが生じたと思っていたら、機長から着陸をやり直すとのアナウンスがあった。やり直しの理由は滑走路に他の飛行機があったためと淡々と伝えるが、おいおい管制はどうなっていたのだ、大事故になったではと思った。

 着陸寸前の滑走路上に他の飛行機がいるなど普通は考えられず、管制官は居眠りでもしていたのではと思うが、推力を上げたジェット機は飛行場を通り過ぎてゆっくり上昇して旋回に入ったが、コックピット内は大変であったのではないか。



 乗客はそういった事情など知ってか知らずか特に動揺することもなかったが、滑走路着地直前のジェット機の着陸やり直しなど大事故に直結で、空港当局はどういう原因でこんなことが起きたか調べているのかどうか不明だし、報告もされていないのではないか。



 着陸やり直しという経験は過去に1回あった。もう30年以上前のアフリカでの出来事で、この時は滑走路上に今や着地するかと滑走路面に近づいたが、いきなり急上昇し右旋回が始まった。身体は左の機体側に押し付けられていたが事態は呑み込めなかった。



 後で、滑走路に動物の群れが入って来たので着陸を回避したと機長から説明があったが、そういえば滑走路を通り過ぎる時に、動物が何頭か機体の下を走り去ったのを目撃したから、これだったのかと思ったが、アフリカらしいと思ったものである。 



 この時乗った飛行機はプロペラ機で、プロペラ機というのは揚力利用が大きく、エンジンが止まっても水平に飛ぶようになっていて、あまり心配していないが、ジェット機は強制的な推力だけで飛んでいるからエンジンが止まったらストンと落ちてしまう。 



 操縦士がジェット機は滑走路にいかに上手に機体を落としていくかで巧さが分かるというのはこのことで、プロペラ機は揚力が生じているからそういう心配はなく、スムーズに滑走路を走るようになっている。 



 さて、写真-1はその着陸やり直しのあった『マクタン・セブ国際空港』の1945年の写真で、時は戦争末期で日本海軍が使っていたが、アメリカ軍機から撮影されている。 



 この写真を見ると現在の滑走路の位置は変わらず、近年になってジャンボ機が離着陸できるように海に向かって滑走路が延ばされ、先端は海岸近くまで造られている。周りに白く見えるのは道路だと思うが、当時は三本の滑走路を横切る道路があったのが分かる。 



 手前側の滑走路の端の左から細い道が来ているが、多分この道が現在、マクタン旧橋からマクタン島へ行く道ではないかと思われるが、先の着陸やり直しはもっと高度を下げたこの写真を撮った辺りに来ていたから、その危険性、重大性が分かる。 



 この写真の1945年当時は、日本海軍が戦闘機を飛ばすために使っていて、相当な爆撃に晒されているが、飛行場そのものの前身というのが良く分からず、もしかすると日本海軍がマクタン島の荒れ地を拓いて飛行場にしたのかも知れない。 



 対岸のセブ島本島、セブ市側には、再三書いているが海軍神風特攻隊が発進していた『ラフグ飛行場』があって、この飛行場跡地は現在『ITパーク』として再開発され、コール・センター会社や幾多のコンドミニアムが建設されている。 



 戦後に書かれた戦記ではラフグ飛行場の戦闘指揮所からマクタンの飛行場は椰子の葉越しに見えたという記述があって、高い建物のない時代を表しているが、いずれにしてもマクタンの飛行場は予備で使われていたようだ。 



 戦後になって、ラフグ飛行場は民間機が降り、その時代にマニラからフィリピン航空でラフグ飛行場へ降りたという日本人も知っているが、このようにセブの飛行場、民間空路の黎明期というのは非常に小さく可愛いかったのは確かである。



 その後マクタンの空港は1956年になって、アメリカ軍によってB52の『戦略爆撃機』の緊急用着陸空港として整備され、1960年代はアメリカ軍のヴェトナム戦争の輸送機が発着する飛行場として使われた。 



 同時にフィリピン空軍の基地となったが、B52といえば、19916月に起きたルソン島『ピナツボ山噴火』時に、近くにあったアジア最大のアメリカ軍空軍基地クラークから、B52がマクタン空港に避難してきて、小生も空港に隣接する経済特区から金網越しに特異な尾翼を持つ機体を目撃している。 



 マクタンに民間機が飛ぶようになってラフグ飛行場は閉鎖されたが、セスナのような小型機だけはまだ離発着していて、小生がセブに来た1990年代初めは滑走路以外は草茫々であったが、まだ小型機が飛び発つことはあり、今のITパークに通じる道には交通止めの鉄道の踏切で使うような遮断機があった。 



 今でもマクタン空港には軍の施設や敷地がやたら広く取られ残っているのも、旧日本海軍の飛行場、その後のアメリカ軍用、フィリピン空軍基地と、前身が軍事空港であった名残りで、浮かれた気分の観光客はこんな歴史があるとは思わないであろう。 



 さて、現在のターミナル・ビルは19931月に完成し開業したが、初めてマクタン・セブ空港を利用したのは1987年頃で、その時はどのようなターミナルであったかは覚えていないが、駐機場に鶴のマークを尾翼に描いた日航機が停まっていて驚いた記憶がある。 



 当時はまだ、日本からの直行便など就航していなくて、あの日航機はチャーター便であったようだが、その当時からセブは日本ではチャーター便を飛ばすような人気の観光地であったようだ。


 【写真-2


 写真-2は現在建設中の第2ターミナル・ビルで、この写真を撮ったのは昨年の10月で建設は着々と進み、今年の半ばには開業予定という。写真左に管制塔が見え、その左側に今のターミナルはあるが、旧と新の接続はどうなっているのか良く分からない。 



 恐らく旧は国内線、新は国際線を中心に住み分けると思うが、マニラ国際空港など4つの新旧ターミナルがあっても、その間のアクセスは全く考慮されずに造られたために、眼と鼻の先に見えるターミナルに移動するのにタクシーにボラれたという話は枚挙に暇がなく、無計画なこの空港は世界的に不評な空港となっている。 



 幸い、マクタン・セブ国際空港の旧ターミナルと新ターミナルの間はそれほど離れていなくて、通路でつなげると思うが、大きい荷物を持つ旅行客には横の移動というのは結構つらく、冒頭に書いたチャンギ空港に限らず最近の新ターミナルは乗客を延々とターミナル内を歩かせるのが当たり前になっていて、もう少し工夫されても良いのではないか。 



 こうして、空港も成長を遂げ、今のマクタン・セブ国際空港運営はインドとフィリピンの民間会社へ委託されていて、以前と比べて明るくなり使い易くなった感じがあり、国が偉そうに運営、管理していた頃とは様変わりしたのが分かる。 



 現在の空港利用客は年間450万人となっていて、これを年間利用客1250万人、3倍近くの利用客を見込んでいるが、問題も多く、特に空港へ行く道が1本しかなく渋滞は必至だが、この面では全く考えられていない。 



 また、利用者を増やすということは発着便を増やすことになるが、マクタン・セブ国際空港は3300mの滑走路1本しかなく、滑走路を増やせる敷地は全くない。写真-1は戦時中の写真で人家など周りにあまり見えないが、今は空港の周りはピッシリと人家と工場が取り巻いていて、拡張はどうにもならない。 



 このため『新マクタン・セブ国際空港』の構想があって、写真-1を写した左手側手前の浅瀬を埋め立てて造るという話が持ち上がっていて、大手不動産会社など既に土地の先行買収をしているなどの話もある。 



 ともかく空港が大きくなって便利になるのは良いが、書き出しの、大事故に繋がる着陸やり直しなど無いように、空の安全を願って筆を置くことにする。 



  Homepage: http://cebushima-blg.jugem.jp/
Updated: 2018/01/26 (金)

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