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国民的英雄
アンドレス・ボニファシオ(1863−1897)
 マニラ市トンドのスラム街に生まれたボニファシオは、史上初めて革命を目指した「カティプナン(KKK)」と呼ばれる秘密組織を結成したことから「フィリピン革命の父」といわれる。
 高校を卒業することはできなかったが、頭脳明晰で外国小説の他にフランス革命、政治、法律、宗教に関する書物を読み一般市民が持つ自由という権利がいかに重要かを学んだ。
 ボニファシオはリサールが組織した「ラ・リガ・ピリピナ(フィリピン人同盟)」に加わったがすぐにリサールは流刑となった。平和的改革運動ではフィリピン人が自由を獲得することはできないと悟ったボニファシオは武力革命こそがスペインの支配からフィリピンを解放するものだと確信、リサールや他の改革運動家と違ってスペインから完全に独立すべきだと考えた。
 1892年、リサールが流刑となった日に3人でカティプナンを結成、その存在が当局に露見するころにはメンバーは10万人規模に成長していた。1896年、カティプナンのメンバーがマニラ郊外バリンタワクで反乱の証としてセドゥラス(住民税証明書)を破り、ボニファシオは武力闘争を宣言した(バリンタワクの叫び)。現在、ケソン市バリンタワクに記念碑がある。
 革命闘争が広がりをみせる中、軍事的才能で英雄となったアギナルドとの主導権争いに敗れ、カビテ州マラゴンダンで軍事裁判に掛けられ反逆罪で1897年5月10日に仲間の手で処刑された。