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国民的英雄
アポリナリオ・マビニ(1864−1903)
 1864年7月23日バタンガス州タナワンの貧農の子として生まれたマビニは、1896年に患ったポリオが原因で若くして下肢麻痺となったが、このことが国に貢献して身を捧げる障害とは決して考えなかったため「崇高な障害者」と呼ばれた。
 1881年に特別奨学生としてサンファン・デ・レトラン大学に入学、1888年から1894年にかけてサント・トーマス大学で法律を学んだ。
 マビニの初期の政治的活動は、リサールが1892年に結成した「ラ・リガ・フィリピナ(フィリピン人同盟)」を復活させた事に始まる。アギナルド大統領は彼の才能を認め首席顧問に任命した。彼の思想はフィリピン共和国の憲法および政治的基礎となり、このため「革命の頭脳」とも呼ばれた。
 1896年に革新主義者との関連で逮捕されたが、当時ポリオで両足が麻痺していたため病院で逮捕後自宅軟禁とされた。彼は身体的制約から第一期の革命には参加できなかった。
 1898年2月の米比戦争勃発の際にヌエバエシハ州へ逃れたが、12月クヤポで米軍に逮捕され1900年まで捕虜収容所で過ごした。
 その後彼はナグタハンの小さなニッパ・ハウスに住み、地方新聞に記事を書いて生計を立てていた。一時グァムに追放されたが帰国後の1903年5月13日にコレラで死亡した。