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国民的英雄
グレゴリオ・デル・ピラール(1875−1899)
 1875年11月14日ブラカン州で生まれたグレゴリオ・デル・ピラール将軍は、マルセロ・デル・ピラールの甥で、フィリピンが生んだ最も若く勇敢な将軍の1人として知られる。
 1896年にアテネオ・デ・マニラ大学文学部卒業後、他の若いブラカン人と共に軍に入隊、若年にもかかわらずその勇敢さから順調に昇進、アギナルドが信頼する腹心となった。
 1898年5月、アギナルドは彼をブラカンおよびヌエバエシハの革命軍司令官に任命。マニラ、カロオカン、ブラカンでの戦闘を指揮した。マロロス陥落後は米軍に停戦を申し入れる和平交渉団長を務めた。
 1899年12月2日、米軍の追撃からアギナルドを逃がすべく北イロコス州カンドン近くのティラド峠で米軍の進撃を阻止したティラドの戦いにおいて24歳の若さで戦死した。「ティラド峠の英雄」と呼ばれている。

デル・ピラール部隊(中央で騎乗しているのがデル・ピラール)