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国民的英雄
ホセ・ラウレル 【就任期間:1943年−1945年】   出身:バタンガス州
 第3代大統領。日本軍政下の第2次共和国大統領。 1891年3月9日バタンガス州タナワンの裕福な政治家の家に生まれ、1915年にフィリピン大学法学部を卒業。上院議員、憲法制定会議議員、最高裁判事、司法長官などを歴任する。 太平洋戦争勃発後は日本に協力、フィリピン行政委員会委員を務める。帝国議会で東条首相が示したフィリピン独立の方針を受けた独立準備委員会で委員長として憲法を起草、1943年の選挙を経て第2次共和国大統領に就任した。日本軍の要求に対し可能な限り抵抗、独立維持に努める。戦時中は2度ゲリラに狙撃されている。 日本の敗戦が濃厚になると山下奉文大将の命令で45年3月末にフィリピンを脱出して奈良で亡命生活を送った。 1945年8月15日の日本の無条件降伏後にマッカーサー元帥の命令によって奈良で逮捕され、巣鴨拘置所に一時に収監されている。終戦の2日後に第2次共和国の解散を宣言した。 1946年7月帰国、対日協力により132件の反逆罪で訴追されたが、1948年4月にロハス大統領の恩赦で自由の身となる。 1951年に上院トップ当選、1953年にはマグサイサイ大統領の擁立に尽力、同政権を支えて1957年に公務から引退した。1959年11月6日69歳で死去。アキノ政権時のラウレル副大統領の父親。

大統領の素顔
協力:フィリピン国立図書館
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