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国民的英雄
セルヒオ・オスメニャ 【就任期間:1944年−1946年】   出身:セブ州  
 第4代大統領。コモンウェルス(独立準備政府)第2代大統領。 1878年9月9日セブに生まれ、サンファン・デ・レトランに学び、後にサント・トーマス大学で法律を専攻した。米西戦争で学業は中断を余儀なくされたが、1903年に最高裁が司法試験の受験を認め、2番の成績で合格した。 1900年、自らが創設したセブの日刊紙「エル・ヌエボ・ディア(新時代)」において平和的手段を通じた独立運動を推進。1904年、セブ州知事に就任した。 1906年、独立を綱領とする政党禁止令解除後の民族主義政党の合従連衡により結成された国民党の初代党首となる。翌年の第1回総選挙で国民議会議員に当選、1916年の二院制議会では下院議長に就任、1923年には上院議員に選出された。 1933年、独立使節団として尽力したアメリカ議会のヘア・ホーズ・カッティング法(10年後の独立承認)はケソンの反対によりフィリピン議会で批准されず、タイディングス・マクダフィー法を持ち帰ったケソンが1935年のコモンウェルス成立時の大統領となり、その下で副大統領に甘んじた。 1944年8月にアメリカでケソンが死亡、亡命政府の大統領に昇格したが、戦後初の大統領選でロハスに敗れ、政界を引退した。 1961年10月19日83歳で死去。

大統領の素顔
協力:フィリピン国立図書館
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