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国民的英雄
エルピディオ・キリノ 【就任期間:1948年−1953年】   出身:南イロコス州
 第6代大統領。第3次フィリピン共和国第2代大統領。 1890年11月16日南イロコス州ビガン生まれ。1915年フィリピン大学法学部卒業。 ケソンの秘書を務めた後1919年に下院議員に当選、その後1925年から1931年まで上院議員を務める。 1934年には独立使節団のメンバーとしてワシントンに赴き、コモンウエルス(独立準備政府)のために憲法を草案した代表者会議のメンバーにも選ばれている。 第二次世界大戦後、ロハス政権で副大統領兼国務長官を務めた。1948年、ロハス大統領の死去に伴い大統領に昇格した。翌49年、自由党から出馬して不正と流血の中で再選を決めるが、この時の選挙関連での死者は100名を越えるといわれる。 フク団の反乱を指導する共産党が政権の打倒を決定、政情不安が広がってくるとこれを重視した米国が内政干渉を強めてくる。米国の後押しを受けたラモン・マグサイサイ議員(国防委員会委員長)を国防長官に任命、フク団壊滅作戦を展開して成果を収める。1951年には米比相互防衛条約に調印している。 キリノ政権は戦後復興、経済成長、米政府からの経済援助の拡大を目指したが、共産ゲリラによる脅威の他に広くはびこった汚職に大きなダメージを受けた。キリノ政権を支持する米政府も財政政策の失敗と公務員制度の非効率などを指摘して援助の条件としてこれらの改善を求めた。 1951年の中間選挙では野党国民党が勝利。53年の大統領選で米国の強い後押しを受け国防長官を辞任して国民党にくら替えしたマグサイサイに敗れ政界を引退、56年2月28日ノバリチェスの自宅で心臓マヒのため66歳でこの世を去った。

大統領の素顔
協力:フィリピン国立図書館
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