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国民的英雄
ディオスダド・マカパガル 【就任期間:1961年−1965年】   出身:パンパンガ州
 第9代大統領。第3次共和国第5代大統領。 1910年9月28日にパンパンガ州ルバオ町生まれ。農村のスラム街で育ったことから「庶民の擁護者」と呼ばれる。 勤労学生としてフィリピン大学、フィリピン法科大学で学ぶが健康問題で学業を断念しようとしたところ地元有力者の援助でサント・トーマス大学法学部を卒業、優れた演説家、討論家として名をはせる。1936年、トップで司法試験に合格した。 戦後、ワシントンの在米フィリピン大使館の二等書記官となるが、友人である共産系地元議員に対抗するためキリノ大統領にワシントンから呼び戻され1949年下院議員に当選、56年まで務める。国連総会のフィリピン代表に3度選ばれている。 1957年の総選挙では自由党から副大統領選に出馬して当選、国民党のガルシア大統領の下で副大統領を務める。61年には大統領選に出馬、現職のガルシアを破って大統領に就任する。 為替管理の規制緩和など輸入規制を撤廃して自由化路線をとるが、国内業者の圧力で国内市場の保護が強化されて工業化は立ち後れ、経済は停滞する。また、農地改革法を制定したが思ったほど成果を上げられず、議会では少数与党だった。独立記念日を戦後の7月4日から1898年にアギナルドが独立を宣言した6月12日に改めている。また、在任中にはベトナム戦争を背景とした大規模な学生運動が広がりを見せる。 公式にサバ領有権を主張、マレーシアとの外交問題に発展する。娘のマカパガル・アロヨ第14代大統領の時にフィリピン人不法滞在者の強制送還問題と絡んでサバ領有権問題が再燃する。

大統領の素顔
協力:フィリピン国立図書館
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